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【馬暦 七月の馬 レモン】 宮古馬カレンダー

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【馬暦 七月の馬 レモン】

宮古島の乳青色の海、大きな入道雲の下
宮古馬のレモンちゃんといっしょに海に入る

つい数十年前まで、馬たちは農耕や、荷運びなど、人の暮らしのためによく働いてくれました。
川のない宮古島では、時々近くの浜に馬を連れて行き、海で洗ってあげたそうです。
そんな人と馬の姿は、もう消えて久しく、覚えている人も居ません。
人がまた、馬と共に生きる、そんな島の姿を夢みます。

#ミャークヌーマ宮古馬の会
#宮古馬
  1. 2022/08/06(土) 21:44:21|
  2. 馬暦

【馬暦  六月の馬 カンドゥヌ・レムヌス・ユヌス】宮古馬カレンダー

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【馬暦  六月の馬 カンドゥヌ・レムヌス・ユヌス】


今年で三歳になった、異母兄弟たち、
生まれた朝に、仔馬が初めて出逢った人間として私はそこに居た
なにがしかの縁(えにし)が結ばれていることと、そこはかとなくいつも彼らを想う

三兄弟はいつも一緒
この先、どのような馬生が待っているにしても
たとえ離れ離れになったとしても
仲間との絆が、生涯彼らを支えてくれる心の柱になってくれることを ただ祈っている


クワズイモ
  1. 2022/06/17(金) 13:34:50|
  2. 馬暦

【馬暦  五月の馬 ククル】 宮古馬カレンダー

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【馬暦  五月の馬 ククル】


草食みの音 こころの満ちる 

草で生きる生きものたちが、草を食む音というのは、
どうしてこんなにも心地よいものなのだろう、と、
その音のおかげで、食べている馬からいつも離れられなくなる。
心地よい周波数

雑食や肉食の生きものたちの出すものと、
まるで異質な世界がそこに立ち現れるかのよう

草食み中のククルちゃん

この時季に花ひらく、宮古島のクチナシ
  1. 2022/06/17(金) 13:33:22|
  2. 馬暦

【馬暦 四月の馬 デイゴ・ヒナ・ヒロ・マコト】

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【四月の馬 デイゴ・ヒナ・ヒロ・マコト】

まだ放牧場では雌雄が混在で暮らしていた頃の、懐かしい動画から一コマを切り取りました。
発情期のおとな馬たちの騒然としたドタバタの中、少年少女期の馬たちもあとから一生懸命駆けっています。
手前からマコト・ヒナ・ヒロ、
遠くからポツンとまだ少女だったデイゴちゃんが見ています。

いまでは雌雄もようやく分けることが出来、こうした騒然とした光景も争いもなく、平和な光景ですが、
この頃はあのウプカジが群れを統率していて、雄馬も何頭も居た頃です。

今ではもう考えられませんが、みんなが全力で生き抜いていたようにも思えて、
懐かしさと共に愛おしさもこみ上げてきます。
  1. 2022/04/11(月) 23:09:23|
  2. 馬暦

【馬暦 二月の馬 トゥーミャー 】 宮古馬カレンダー

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【二月の馬 トゥーミャー】

生まれてまもない仔馬の毛はふわっふわ
赤ちゃんの毛はどの生き物も、ほんとうにやさしい

ほやほやの鬣
このうえなく、やさしい産毛、

そっと手を触れると、’尊いもの’ ということが伝わってくる
これは無条件で護られるもの
どんな硬い心をもやさしくしてしまうもの

トゥーミャーが生まれてきてくれた日を描いてみました。

仔馬は口先が白くてほんとうに可愛いです。

#馬暦
#宮古馬
#ミャークヌーマ宮古馬の会
#草暦
  1. 2022/04/05(火) 23:40:52|
  2. 馬暦

【馬暦 三月の馬 アグリ 】 宮古馬カレンダー

三月
あぐりぷち

【三月の馬 アグリ 】 

馬暦、三月にはアグリちゃんとプチに登場してもらいました。

穏やかで物静か、孤独を好むアグリちゃん、人を乗せたり荷を載せたりも上手、
長い間、海乗馬でも活躍してくれました。

犬のプチを背中に乗せて道草お散歩。
最近体調がおもわしくないのですが、元気で長生きしてほしいです。

ミャークヌーマ宮古馬の会
https://www.facebook.com/myahknuma/
  1. 2022/03/23(水) 16:49:29|
  2. 馬暦

宮古馬のおはなしと馬頭琴演奏

宮古島で佐々琢哉くんと一緒に
おはなし会をしてきます。

○おはなしと映像  
矢谷左知子(草作家 ミャークヌーマ宮古馬の会 一般社団法人EARTHBOOK)

○馬頭琴とホーミー 
佐々琢哉(四万十にて、畑営み、古民家繕い、絵を描き、音楽奏で、料理の日々)


さちたく
  1. 2022/02/21(月) 21:14:09|
  2. 馬と

ミャークヌーマ未来のお話会 【宮古馬のおはなしと馬頭琴演奏】

盟友〜タクヤ(佐々琢哉)くん、
ついにミャークへ

:::::::::::::::


ミャークヌーマお話会


ミャークヌーマ未来のお話会 vol.1
___________________________
【宮古馬のおはなしと馬頭琴演奏】


○おはなしと映像  
矢谷左知子(草作家 ミャークヌーマ宮古馬の会 一般社団法人EARTHBOOK)

○馬頭琴とホーミー 
佐々琢哉(四万十にて、畑営み、古民家繕い、絵を描き、音楽奏で、料理の日々)


◾日時 2/27(日) 13:00-15:30
◾場所 cafe nuis カフェニュイス 宮古島市城辺字福里652-2
◾会費 1500円(ドリンク付)



*-島の宝 宮古馬-*

この島には、ミャークヌーマ(宮古馬)と呼ばれる小さなお馬さんがいます。
何百年もの間、畑を耕し、荷を背に載せ、車を引き、もくもくとよく働いて、島の厳しい日々を支え続けてくれました。
従順で素食、それでもよく働いてくれるミャークヌーマが居なかったら、人々は生き抜いてこれなかったでしょう。
そんな宮古馬たちを人はあっという間に忘れてしまいました。
かれらは、今、どうしているのでしょうか。

人と動物たちとの共生、それはまことに壮大な難題です。
解決の糸口を見つけていくことを、これまで人はさぼり続け、常に後回し、思考停止状態で放棄してきたと言えるのではないでしょうか。
その結果の今の世界であり、宮古馬の現状でもあります。

この日は、宮古馬たちを記録した詩のような映像を観ていただきながら、
宮古馬のルーツでもある中央アジアの馬頭琴やホーミーの演奏を交えて、
お堅い話ではない、宮古馬の今、その魅力をお伝えできればと考えています。
あわせて、では共生とは、という永遠の問いも抱えながら進めていきます。

馬たちは苦難の中で命を継いできました。
生き残った宮古馬は、この島固有の馬、島の自慢の宝です。
馬と人がこれからこの島でしていくことはたくさんあります。
沢山のアイデアがあります。それらはとても心躍ること、みなさんからのアイデアもお聞きしたいです。
ミャークヌーマとの未来を、こうした機会を折々に設けながらみんなで分かち合う、そんな小さな会をしていきたい、
「ミャークヌーマ未来のお話会」その第一回目。

ご参加をお待ちしています。


主催; ミャークヌーマ宮古馬の会
  1. 2022/02/12(土) 20:44:36|

馬暦 一月 ウプカジ

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【一月の馬 ウプカジ】

ウプカジという大切な馬がいました。

馬暦一月に登場してもらったお馬さんです。

群れのリーダーで、たくさんの仔馬たちのお父さん

誇り高く群れを守っていたウプ、

近寄り難い気配、心打たれる表情、種は違えど崇敬の念を抱いていました。

亡くなって三年、いまだにウプカジの面影は彼が暮らしていた森の中にあって、皆を見守ってくれてるよう、

一月も明日で終わり、暦は頁をめくられて季節は立春へ。

ウプ、年頭の守護をありがとうね。


xusa
  1. 2022/01/30(日) 20:00:45|
  2. 馬暦

馬会 レポート ー馬意識の彼方へー 


馬会1

【馬会】series1
-馬意識の彼方へ- 1/21開催



一部 お話と映像 

二部 馬と歩く

三部 焚き火でシェアトーク


この馬会は、主催者二人による、人と他の生き物との共生とは、共存とは、との永遠なる問いを、
参加者の方々と一緒に問いかけつつ、問われつつ、馬のヒビキの元で共有していきたいとの想いより始まりました。

そのような壮大なテーマのもと、抽象的なお話、言葉にならない部分を表現していく映像と、
馬のヒビキと共に具体的に動いていく実践を凸凹コンビで一年を馬に導かれながら、
さまざまなテーマで開催していこうというものです。

自らの問いをいったん放り投げて、ご参加される方や馬にお力を借りる、という虫のいいものであるのは自覚しつつ、
こうした根源的な問いかけを、さまざまな人と馬が関わっていく場にいったん放してみたい、と思いました。

今回は第一回目、序章として、
大きなテーマ、馬が今、齎(もたらせ)てくれているものを読み解きたいとの想いから
「馬意識」というものを浮かび上がらせてみたい、と始まりました。

主催者ふたり、なぜ今「馬」なのか、
生き物たちとの共生ってどうしたら、との想いを強く持っています。
でもそれは実に壮大すぎるテーマであり、一代で答えの出ることではありません。
また意識も次々と上書きされていくため、なかなか言葉で言い表し難く、
まったく能力を超えた試みでもあります。
フッァシリテーション能力の足りない主催者、回を重ねるごとに少しはマシになっていくでしょうか。

第一部として、お話と映像を地域の素敵な農園レストランsyoku-yaboの小屋の中で、
その後すぐそばの馬の居る実験農場+馬場LIFEEVOに移動、

馬のヒビキと出逢います。

第二部のヒビキとの時間は、
一人一人がヒビキと綱で繋がり、一対一での時を持つ。
特に細かい説明もない状態で、綱を渡され、
ヒビキの体温、鼻息、蹄の音を体感、
一頭のおおきな生き物と、息を合わせ、歩調を合わせて歩く、

ただそれだけの中に、表現し難い、何ものかおおきなものに満ちた溢れる感覚があったと思います。

ただ、それを味わっていただきたい時間でした。


休憩お茶タイムのあとは、
第三部、参加者さんに無理難題をふっかける?シェアトークタイムです。

真菰茶、豆乳チャイ、ヴィーガン馬クッキーで一服。

しだいに冷え込んでくる中、焚き火を囲み、ヒビキの目の前で輪になってシェアトーク。

自己紹介のあと、

最初に
「共生を一言で表すと」
という、難題をいきなり。
みなさん無茶振りに絶句です。

言葉に出来ない、したくない場合はパスでオッケイというルールにしましたが
見事全員、パスなく、素晴らしい言葉で表してくださいました。


空(くう)

自立しろ、人間!



中、という字 真ん中

よろこび



踏み込まない

元に戻す

おもいあうこと

畏れる

責任 みとり



共振


それぞれの方の深いことばでした。

共生、単語にするとわかったような言葉として、なにげなく使いますが、
いったい生きものとの共生は、可能なのでしょうか。
なにをもって共生と言うのだろう、
人間が他の生きものの生きる場を取り上げている状態で、共生とは、、
そもそもそんなものは幻想ではないのか、

その視点のなかでも、そこを逃げずになんとか探っていきたく想います。

そのあと、
ヒビキと一緒に歩いてみて何を感じたか、
を一言ずついただきました。

初めてのデートの時のようにうれしさ満タンの気持ちで笑いがこぼれたという方も☺️
みなさんの中に、言葉では表せれないものが満ちたのがわかります。
自分がそうですから。

直に他の命の鼓動を感じるところから共生の意識のスイッチも入るのではないでしょうか。

馬会はまだまっさらな会です。
参加くださる皆さんと共に一年を通じて、ヒビキに導かれながらその先にある共生の灯火を見つけていきたいと思っています。


*次回は3月です

協力;
一般社団法人EARTH BOOK

馬会2

#一般社団法人EARTHBOOK
#馬会馬話と馬仕事
  1. 2022/01/26(水) 22:21:54|
  2. 馬と

【馬会】馬話と馬仕事  series.1 ー馬意識の彼方へー

馬会121


「他の種族との共生」、ということを人族はあまりにも棚上げにしすぎてきました

ほんとうは、そこにたいへんな精神進化の鍵があると、確信しています。

生きているうちに答えは出ないかもしれません。

でも、もう棚上げにしないで、これから何世代にも渡って真にそこに意識を向けていくことでしか、人類は今の次元を突破することはないのではないか、それくらいに想ってしまいます。

と、おおげさな出だしですが、今年からこんな会をすることになりました。

10年間続けてきた「草講座」では、この数年、実際の馬の居ない馬講座を何回かしたことがありますが、いよいよこれからはヒビキくん登場。
優しく力強い、馬のヒビキに道先案内をお願いしながら、一緒に進んでいきます。

この一年、すぐ近くに来てくれた馬のヒビキのお世話をする中で、このような会を2022は一年をかけてやっていく流れになりました。

今目の前に現れた「馬」という命を持った現象とやり取りをする中で、やはり他種族との共生ということは大きな課題であり、参加した方も一緒に全員でそこを探っていくことをしてみたい、と。
それは深い問いかけ過ぎて、とても我々の能力であがなえるものではありませんが、とにかくやってみたいと思います。

一年を通じてのプログラムを現在組立中ですが、その一回目として、去年末にトライアルで実施した「馬意識の彼方へ」と題した会をします。

3月には馬会的馬とのコミュニケーションのこと、
5月には実際に馬と共に労働をする馬耕など、
馬との実践・トーク・アート、さまざまな試みを楽しむことにします。

未到の領域へ、馬とともに歩みだしましょう

ご参加お待ちしています。

ーーーー

【馬会】馬話と馬仕事  series.1 ー馬意識の彼方へー
【うまかい】うまばなしとうましごと

■日時: 1月21日 13:00〜16:00
■場所 : SYOKUYABO農園 そのあとLIFE EVOに移動 (JR逗子駅界隈)
■参加費 : 3500円

■内容:

一部【馬話】
映像(毎回テーマに沿った、矢谷自作の新作ショートムービー上映)
ライブトーク(毎回テーマに沿った主催者二人のアドリブ談義)

二部【馬仕事】
場所を馬場に移して
ヒビキ(雄馬21歳)とひとりひとりが向き合う時間

三部【シェアトーク】
全員で語り合う時間

■主催 :
浜田高彦 (SYOKUYABO農園農担当・LIFEEVO主宰) 
矢谷左知子(草舟 on Eath・一般社団法人EARTH BOOK代表)
共催:
一般社団法人EARTH BOOK

■協力:
SYOKUYABO農園
ヒビキ(馬)

《お申し込み》

xusa93hina*gmail.com
(*を@に変えてください)
矢谷まで



*****

人は今馬を求める
それは世界に同時多発で静かに熱く湧き起こっている現象のように思えます。
なぜ今、馬なのか
人は馬に何を見ているのか
人と馬は今また共にどこに着地しようとしているのか
この会では、主催者両名が探求の途にある「他の種族との共生」、という永遠の問いをおおもとのテーマにして、お互いそれぞれが深く関わっている「馬」を主軸として、一年のプログラムを通じて、参加してくださる方々と、談義と実践を繰り返しながら、ひとりひとりに立ち返ってくるものを見つけていきたいと思っています。
ワークショップ、講座、という概念はここにはあてはまりません。
馬の居る場で、馬を入り口に、馬に導かれながら、その時その場に立ち上がる次元と、その先に拡がるヴィジョンを共有していく。
その意味で、「会」という言葉がとりあえずあてはまるかもしれない、と、【馬会】という呼び名をつけてみました。
この会では、主催者自身が自らに問いかけているものを、皆さんと共に体験していくことで、一年を通して浮かび上がらせていきたいと想っています。
ファシリテーション能力の無い主催者二人が、あえて、稚拙ながらもアドリブトークをガチでしていくことで、参加の方たちもそこに加わる場を生み出してみたい、という無謀な試みですが、主催者がひそかにいちばん楽しみにしているものです…

世界が組み変わっていくこの時、
馬たちが立ち上がり、
また人と共に動こうとしているのではないか、と思えてなりません。
人と馬の次の仕事とはなんなのだろう。
わずか数十年前までは、世界のどこでも馬が人々のために働いてくれていました。
車を引き、荷を運搬し、石臼を回し、人を乗せて遠くまで走り、そして戦争にまで駆り出される、稀有な種族として。
馬車馬のように働く、という慣用句があるように、ムチで打たれ、過酷な労働を強いられてきました。
車、機械、戦車の代わりを人に寄り添い、何千年もしてきてくれた生き物は、唯一、馬だけでしょう。
それがこの数十年のモータリゼーションで、用がなくなった馬たちは世界中で見捨てられ、繁殖もされなくなり、世界各地の多様な在来馬は一気に永遠に姿を消したのです。
人々はすっかり馬のことを忘れ去りました。
馬が居なければ人は生きてこれなかったことも、覚えてもいません。
今、馬が必要とされているシーンは競馬か乗馬だけという、いびつな形です。
この会はそれらとは違う向き合い方をしています。
そして、今だからこそ馬たちに見出すことのできるものがある、と考えています。
馬の助けを受けて、畑を耕したり、運搬したり、昔のように馬のしてきた仕事を、再興する、、
それはもちろん、またやっていきたい、そこに身を置きたい風景ですが、それらはもう以前の繰り返しではありません。
馬はもう、何かの代わりではないのです。
それがわかったこの時代、それでも人と馬が共に畑を耕すのは、もう以前とは違うステージに立っているということです。
もうなんの代役でもない、馬本来の力を人は知らされていくでしょう。
それは馬だけではない、
すべての生き物のおおもとの命と、人がまた繋がりなおしていくこの先の展開のために
馬が先頭に立って、牽引する役割として
この時代にようやくまた現れてくれた馬たち
今からわたしたちが馬たちと共にしていくこと、
なんと心が躍ることでしょうか。
ーーー
馬会ではこの一年間のプログラムを作成中です。
次回は
三月
「馬会的 馬とのコミュニケーション」
五月
「馬と働くこと 馬耕 シートーヤなど」 
などなど
決まり次第アップします。
おたのしみに!

矢谷左知子
  1. 2022/01/12(水) 22:18:48|

天国の仔馬へ

天国の仔馬へ

今日は天に召された仔馬カイトの命日

他所で逆境の中に居たカイトを救い出すため、
宮古島でも、東京でも走り回り、
永田町に国会議員さんにも会いに行って。。

ようやく救い出せるかもしれない、というまさにその当日の朝、
間に合わず力尽きたカイトの変わり果てた姿の画像が宮古島から送られてきた3年前の今日。

そのことを書いた2年前の自分の記事を読み返してみて、
馬たちがその姿を持って伝えてくれていることの意味をあらためて想ってみる。


哀しみに、絶望に、そこに居ないで
そこではないよ
誰のせいとかではない
これは一人一人の在り方に返ってくること
すべてはそこだよ


カイトが生きていれば立派な青年馬になっている頃、
元気で大きくなったカイトに会いたかったな。
でも最高に可愛いままで逝ってしまった、あのカイトの姿は、そのまま心にいつもいつも在って、
道しるべとなって、今もずっと導いてくれている。


間違えないでね、そっちではないよ、
こっちだよ、
と。


生き物たちとの共生とは、どういうことだろうか…

カイト、それをずーっとかんがえてるよ。


  1. 2021/12/11(土) 17:45:53|

馬暦 宮古馬カレンダー お取り扱いのお店

馬暦2022
宮古馬カレンダー


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お取り扱いいただいているお店は以下になります。

:::::::

一花屋(鎌倉)
https://www.facebook.com/ichigeyakamakura

東慶寺(北鎌倉)
https://tokeiji.com

ビーチマフィン(逗子)
https://instagram.com/beach_muffin?utm_medium=copy_link

Life afa(葉山)
https://lifeafa.jp

Syoku-yabo農園(横須賀)
https://syoku-yabo.com

充麦(三浦)
https://twitter.com/imitsu

House1891(葉山)
https://www.facebook.com/HOUSE1891.GalleryCafe.HAYAMA/

901 venue(葉山)
https://www.facebook.com/HOUSE1891.GalleryCafe.HAYAMA/

日用美(二宮)
https://nichiyobi365.wixsite.com/nichiyobi


こびり(石川県)
http://kobiri.net

灰月(長野県)
https://www.galerie-kaigetsu.com

器asa(北海道)
http://utsuwa-asa.net

和 nodoka(愛媛)
http://nodoka.shopinfo.jp

ギャラリー陶倶楽部(愛媛)
https://tou-club.com

gallery + cook lab  como(東京)
http://www.comocomo.net

麺と雑貨 とかき氷 ぐるぐるめんや(宮古島)
https://gurugurumenya.stores.jp/

::::

ありがとうございます

IMG_6334.jpg ショクヤボ農園 ビニールハウス内
  1. 2021/12/08(水) 22:45:51|
  2. 草暦

草暦から馬暦へ 「馬暦2022」できあがり

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「馬暦」のご案内

草暦をご愛顧いただきありがとうございました。

2005年から2021年まで作り続けてきた草暦、
先にも書きましたように、今年で終了となりました。

この10年近く、草暦の紙と印刷でお世話になっていたわがみ堂さんが引退され、ご自分の研究に打ち込まれることとなり、草暦はあの質感なしでは成り立たないものとなっていたので、相棒の石田紀佳と悩みましたが、案外あっさりと、やめようか、という結論になりました。
ふたりとも、ともすれば潔すぎる性格でもあり、突然の成り行きでしたが、草暦は2021年、今年で終わることとなりました。

例年、9月は、草暦の原稿描きで、お篭りの集中月間でしたが、そのようなわけで、今年、久しぶりにそれがない9月を過ごしました。

が、そうか、宮古馬のカレンダーを作るのは今だ、と、思い立ち、10月に入ってから巻き巻きに巻いて、急きょ馬暦の原稿描きに入りました。

私はこの数年、沖縄の宮古島の在来馬、宮古馬の保護育成のサポートをし、webページも立ち上げたりいろいろ動いています。
ミャークヌーマ宮古馬の会

そのためこの度2022年は、草暦ではなく、「馬暦」に。
突如の出来事でもあり、自然の流れでもありました。

いつも遊んでもらっている馬たち一頭一頭を絵に描きました。
救いたくて救えなかった、命を落としていった馬たちも描きました。
描いている間、いとおしく、泣きながら、心を重ねて描きました。

今回は急ぎでもあり、ふつうの印刷屋さんの一般的な紙のもので、チャリティでもあるため、あの草暦の醸造された感はまったくないのですが、そこはかとなく草暦の面影も残っています。

草暦特有の日程の縦進行は、縦のプロポーションにしたいけれど日程の部分をどうするか悩んでいる時、石田のりちゃんがあっさり、縦でいいんじゃない?と、目から鱗発言、
そこからおなじみの縦進行が始まったのです。

それは草暦ならではのものでもあり、封印することとし、
今回は一般的な横進行になっています。

また、収益の一部を、宮古馬の育成のサポートに寄付させていただくこととしたため、よりわかりやすい形にしてみました。

とはいえ、やはり一般的とはいえないのか?
どうなのでしょうか。。笑

初めての印刷屋さんで、どのように上がってくるのか、物が届くまでドキドキでしたが、ついに仕上がってきました。
草暦のあの質感はありませんし、気持ちも新たに、シンプルな仕上げを目指したものがこちらです。

馬暦は、矢谷左知子が単独でやっておりますので、
ご注文は矢谷までお願いいたします。

草暦は解散いたしましたが、この17年の重なりがあって、まずはこのような形に踏み出してみました。

よろしければお手に取っていただければ幸いです。

最後に
これまで草暦にご厚情を賜りまことにありがとうございました。
ならびに
相棒の石田のりに感謝して

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馬暦2022
宮古馬カレンダー


ー収益の一部はミャークヌーマ基金(宮古馬サポート)に寄贈されます

size; 
12cm × 14.8cm (たたんだ状態) *開くと、縦は 29.7cmになります。

一部 1200円  送料140円
五部〜 1100円  送料180円
10部〜 1000円  送料360円
30部〜 900円   送料520円


**個人の方でもまとめて割引で購入していただき、販売していただけます。
年末のお小遣いになりますよ。

///////////////

ご注文は

xusa93hina*gmail.com ←*を@に変えてください




矢谷左知子


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  1. 2021/11/12(金) 12:11:25|
  2. 草暦

草講座「馬編」 ー馬意識の彼方へー

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草講座

「馬編」

11/28(日)13:00-16:00


_________


ー馬意識の彼方へー


この寡黙な生き物の


その息遣い

冬毛をまとったおっきくて温かな体



触れさせてもらう時

からだの奥で扉が開く

草や馬、

人以外の、その他いきものたちの本性と繋がる「場」は

彼らがその存在をもって用意してくれている

彼らそのものが、「場」である



人はいま、その領域と交わることがとても重要であると思います。

人の本性もまた、それに拠ってこそ、元に戻り、
垢を取り去り、磨かれていくのではないでしょうか。

これまで草講座のなかでは、「馬講座」なるものも時折開催していましたが、
実際の馬は、そこには居ませんでした。

今回は雄馬のおっきなヒビキがいっしょ、
ようやくお馬とともに開催できることがうれしいです。

初冬の午後をお馬とご一緒しましょう。


*=*=*=*

【日 時】 11/28(日) 13:00〜16:00くらい

【場 所】 LIFE EVO 草舟からさらに南下 逗子駅からバスで30分ほど。(横須賀市長井 お申し込みの方にご案内します)

【参加費】 3500円 

【内 容】 《前半》「馬意識の彼方へ」おはなしと映像 矢谷左知子 哲学的内的アプローチ
      《後半》 馬のヒビキくんとの交流 濱田高彦  実践的外的アプローチ 
      《おわりに》参加者のみなさんとシェアリング

【申込み】 xusa93hina*gmail.com *を@に変えてください


::::::
主催 矢谷左知子 (草舟 on Earth)
協力 濱田高彦 (LIFE EVO) / ヒビキ
後援 一般社団法人EARTH BOOK
***


《イベントページはこちら》
https://www.facebook.com/events/4475537325835431/


*-*-*-*

当日は、
前半に矢谷が、草や馬がしている仕事のお話、草や馬から学ばせてもらったこと、宮古馬の報告などを映像と共におはなしさせていただきます。
後半はハマーからの実践編、実際にヒビキくんと一緒に散歩したり触れたりすることで、大きな動物の息遣い、温かい体温などを直に感じながら、異種のなかまとの触れ合いの時を持ちます。

ヒビキは何を伝えてくるでしょうか。

最後にみんなでシェアする時間も持ちたいと思います。

*-*-*-*

長い間、野生の草と仕事をしてきた私(矢谷)です。
馬の’う’の字も関係なく、ひたすらに草の日々を送ってきました。

そんななか、
沖縄の宮古島の在来馬、「宮古馬」とのご縁は2012年に始まりました。
宮古島の友人の牧場を訪ねたときからです。

その5年後の2017年、宮古馬の生存の危機となる、宮古島市の施策が決定されようとしたことから、わけもわからず、馬たちを救うための活動を始めることとなり、無謀にも「ミャークヌーマ(宮古馬)宮古馬の会」という名前で全国にSOSを発信続けてきました。

これまで、思ったこともなかった馬との関わり、その渦の中に一気に放り込まれ、
気がついたら毎日毎日馬馬馬、、

2017年から宮古馬のことでは、どれだけの記事を書き、イベントをし、印刷物を作り、走り回ったことでしょうか。
永田町の国会議員さんにまで逢いに行きました。
でも事態は止められず、どんなに絶望し、涙をながし、命を落としていった救えなかった馬たちに許しを乞うたことか、
それだけ苛酷な宮古島の現状があります。(今もなお基は変わっていません)

でも、そのなかで、馬たちからは、とてもおおきなものを受け取りました。
たくさんのことをおそわってきました。

こうして起きている悲しい馬の問題も、実は誰のせいとかではない、ということも馬からおしえてもらったことです。
これはひとりひとりに問われている根幹のことなのではないか、
そんなふうに思うようになりました。


年に数回宮古島に通い、馬まみれになりながら馬の群れの中で過ごしてくるこの数年、
気がつくと、こちらに帰ってきた時に馬ロスになっていました。
そのような時に、近所にヒビキくんが来てくれました。

地域のおいしい農園レストラン「SYOKUYABO 」の無農薬野菜をつくっているハマーこと、濱田高彦さんが、ご自身が以前務めていた乗馬クラブの引退馬を引き取ったのです。
うれしくて、この一年はことあるごとにお世話をさせていただいています。

私はこの10年間、自宅アトリエである「草舟 on Earth」で「草講座」をしてきましたが、
この数年は、時々「馬講座」ともなり、草も馬も同列、同じベースのなかで語らうものとなりました。


草と馬、
草から馬へ
わたしたちの源泉を
揺さぶり
組み換え
光を注ぎ
再生していくもの


前置きが長くなりましたが、
この度、ハマー(浜田高彦さん)の主宰するLIFE EVOの場に於いて、彼とヒビキくんの協力のもと、屋外の草講座特別編をやってみることとなりました。

LIFE EVOは、「馬と農」をテーマに暮らしを創り、さまざまな労働を実体験と共にクリエイトしていく場です。

当日は、

矢谷は、草や馬が見せてくれる世界のお話、馬からおそわったこと、
宮古馬の報告などを映像と共におはなしさせていただきます。

その後、ヒビキのお父さんである浜田さんからの実践編、実際にヒビキくんと一緒に散歩したり触れたりすることで、大きな動物の息遣い、温かい体温などを直に感じながら、異種の大きな生き物との触れ合いの時を持ちます。

最後にみなさんでシェアする時間も持ちたいと思います。
  1. 2021/11/12(金) 09:48:34|

「草暦の十三ヶ月 十月 獣祀る 豺の森 いずこ」

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草暦 十月

「 獣祀る 豺の森 いずこ 」



いよいよ2021草暦もクライマックスです。
、、というのは、後半に盛り込んでる想いがずっしりありまして,,,

草暦は2005年から季節ごとの野の草や、素材としての草たちの事情に沿って、植物を中心の七十二候を長年書き記してきましたが、
その間も七十二候の中に登場する動物たちのことが常に気になっていました。

「つばめ至る」「雁かえる」などの言葉を書くときには、
どうしても、その過酷な旅に想いを寄せ、祈りつつ書き込みます。

中でも12月には
「熊 穴に入る(こもる)」

毎年これを記す度に、果たして今のこの国に熊が安心して篭る穴などあるのだろうか、という杞憂を重ねていました。

山の環境と共に、森の崩壊により、冬越しのための木の実などが足りず、お腹をすかせ冬眠も出来ないまま、冬のあいだ里に降りて食糧調達、
ゆえに撃たれ、命を終えていくという現実を知りつつ、なにも出来ていない自分の不甲斐なさに、12月には、毎年熊への祈りを描き続けてきました。

そのうちに私は馬と出会うこととなります。

絶滅を危惧される宮古馬の育成サポートの活動をしていくうちに、草暦もしだいに草から動物よりとなってきました。

そのようなことから、草暦を一緒につくってるのりちゃん(こと石田紀佳)が、七十二候の言葉を動物を表現するものを探してくれるようになってきました。

かわうそ魚を祭る(獺祭)(2/18)

かっこう桑におりる (4/30)

など、それまでにない言葉が増えて、草暦に動物たちが踊るようになります。



そうしてこんどは馬の次にオオカミと結びを得ることとなり、
2021年の草暦は表紙はオオカミ、
本体のなかでは10月にオオカミが登場します。

「獣祀る 豺の森 いずこ」

というのは、
七十二候の

「豺 獣を祀る」(10/23)

を受けて、想いをいたしたことば。

オオカミが仕留めた獣たちを並べているのを、祀りとみたてたもので、二十四節気、霜降の頃にあたります。
冬に向けてオオカミの狩りが力強くなっていくときでもあるでしょう。

そんなオオカミも、もはや姿を現さない存在となりました。

いまでは幻となってしまった、かつてのオオカミの祝祭、
獣を祀っていたであろう森に想いを馳せ、
10月にこの言葉を綴りました。

植物や動物たちが彩ってくれていた草暦も
今年で最終となりましたが、
2021年の草暦は、いよいよこれからが本番、
後半には、野生の生きもの達への滾(たぎ)る祈りをぎゅー、っと込めました。
10月、11月、12月、2022の旧正月までの4枚には、溢れて止まない想いを、
気持ちを抑えて静かに納めてみたつもりです。
動物たちには、あえて抑えないとはみ出してしまうほどの想いがあるので、、

あと少しの枚数の2021年草暦、
後半もどうぞ味わってくださいね。

xusa
矢谷左知子
  1. 2021/10/29(金) 11:05:07|
  2. 草暦

草暦 これにておしまい その1

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xusaです。

長きに渡り、草暦をご愛顧くださりありがとうございました。
先にmusiさんが書いたように、草暦は終了することとなりました。

かれこれ十数年続けてきた草暦、近年のものは、楮和紙で印刷してくださるところが見つかり、ようやく完成形となったところですが、
それを印刷してくださっていた方が引退されることになり、他の印刷所ではもうあのテイストのものは続けられなく、
今年だけいったんお休みして、次のかたちを探ってまた再開、とも思いましたが、
そもそもの端緒をつけてくれた相棒の石田のりちゃんが、これでおしまいにしよう、と言うことになり、
私もそうだね、と。
最後は実にすぱん、と幕引きとなりました。

今年もたのしみにしてくださっていたとしたら、ほんとうに申し訳ありません。

2021年は、ついにオオカミがやってきました。
私の中で今年はオオカミイヤーなのです。

長い草との信頼関係からはじまった草暦ですが、
私のなかに、それに加えて、海がやってきて、すっかり海に心身溶け込み、或る年は海暦となり、
その上にこんどは馬がやってきて、これはもう、不二であり、同一体でもある存在になり、馬が暦に登場、
いや、自分が一番びっくりしてるのです。

そして、去年、2020年に今度はオオカミが降りてきました。
2021年版の原稿を描いている間じゅう、オオカミが伴走をしてくれていたのです。
今年、表紙はついにオオカミとなりました。

原稿が仕上がった時、ある意味、ここが草暦の来し方の頂点、と漠然と想いました。

これから先は未知の領域、と。

そこにオオカミが寄り添って、その先の灯明を授けてくれているのだな、と。

ですので、そのあとに、印刷所からもう出来ない、というお話を聞いた時には、残念ではありましたが、
一方で、実にきれいな流れのように感じることが出来ました。

それもあって、草暦はここに終わります。

これまでの草暦の経緯のことも、このあと、少しずつまとめてここに書かせていただきたいと想っていますので、またお訪ねくださればうれしいです。

あ、最後になりましたが、
2021年版は、ひどいミスをしてしまいました。
暦にあるまじき、不正確さ
ご迷惑をおかけいたし、ほんとうにほんとうに申し訳ありませんでした。
重ねてお詫びいたします。

そしてありがとうございました。

いつも全面的にバックアップしてくれていた石田のりちゃんにも感謝いたします。


つづく

xusa
矢谷左知子
  1. 2021/10/03(日) 14:31:23|
  2. 草暦

草暦 さようなら ありがとうございました。

2022年の草暦をお待ちいただいていたみなさま

草暦はさようならします。

一番の理由は、和紙屋さんである印刷屋さんができなくなったからです。
楮の入った紙を使って、折り本にもできるように断裁も特殊なことをしていただいていました。
和紙屋さんにもいろんな理由があるのでしょうが、社長さんは今後の人生を和紙の研究に邁進されるとのことです。


これまで草暦を見守ってお使いいただいてきたみなさま、
ありがとうございました。

これからも、草も虫もすべてのいのちがゆたかに、生きて死んで巡っていく道筋にそいたいと願っています。
オオカミの声をききながら。

ありがとうございました。

musi
草暦企画 石田紀佳

草暦は馬暦になってあたらしい形に生まれかわろうとしています。
詳細は矢谷左知子からお知らせいたします。

月と地球

  1. 2021/09/30(木) 10:02:35|
  2. 草暦

草暦の十三ヶ月 九月「葛の花 芳し」

9月

草暦 九月

「葛の花 芳し」


葛糸つくりの秋

この初秋はずっと葛の糸を洗っている

夏の終わりになって、ようやく葛の採集地に巡りあい、育ち具合を見計らいながら、少しずつ採取を続け、
持ち帰っては、草の室で一週間ほどの発酵、
そのあとの洗いはひたすらのもくもく仕事となる

発酵の合間には、次の採取に向う
ズルズルと長くて絡まった葛の蔓を解きながら、採り集める炎天下の作業はなかなかヘビー

お世話に行ってる馬場で旺盛に伸び盛る葛をいただく時は、
不要となる葉っぱ部分はお馬にあげる
かなり好きみたい
馬のそばで作業してると、はよくれ、と鼻でつきあげられるのがうれしい

そうして刈り取っては、始末し、ロープ状にまとめて鍋でぐつぐつ煮てから、茅の草の中で発酵、洗い、
その合間にまた採取、というローテーションがしばらく延々と続く

繊維になるまでは、発酵後のひたすらの水洗いの繰り返し
何度も水を替えて、粗洗いから仕上げ洗いまで、
指先の感度を高めながら洗い方を変えていく

日が暮れるまで、ひたすらの洗い作業のうちには、
身も心も洗い晒され、
疲れるというよりは、その循環の中に身体も巡りを合わせるよう、
すっかり自分の詰まりも消えて、清浄なここちとなる

葛の白は神々しい。

この「白」のことについては、長年の思いがある
またあらためて書いてみたい。

葛の花はもう咲いているだろうか
その色から連想されるとうりの香りがする花、
甘酸っぱいけど、爽やかだ

鬱蒼とした薮のなかで、葛の花の赤紫色は、ひと際天に伸びてまっすぐに立つ

今日は仲秋の名月


xusa
矢谷左知子

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  1. 2021/09/21(火) 14:36:47|
  2. 草暦

ー馬意識の彼方へー 名前のない新聞 連載記事 2021/9.10月号 「草文明の日々」

連載している「名前のない新聞」最新号の記事になります。

”馬意識”という造語をつくってみましたが、このことはまたこれからも深めていけたら、と想っています、



草文明の日々  その十七

名前のない新聞2021910
名前のない新聞 9.10月号 隔月発刊



馬意識の彼方へ

矢谷左知子



オリンピックは観ることもなく、いつのまにか終わっていたという感じだが、
この数年の馬とのご縁から、馬術競技というものに今回初めて目を向けることとなった。
まずもって、競技の馬の調達はどうするの?という疑問から始まり、各選手はそれぞれの自馬を開催地まで運んでくるのがわかり、
それはまあ当然のこと、でも素人からするとそんなことまでしなくても、という感覚が正直なところで、
その時点で、もう私としてはなんだかダメな世界となった。

今回は世界から330頭もの馬が飛行機で空を飛んではるばる日本にやってきたのだそうだ。
飛行機の貨物から馬が出てくる動画を見て、なんとも言えない気持ちになる。
自転車やサーフボードではないのだぞ、と思う私がおかしいのか。
当事者たちはそうは思わないのだろうか、と。

馬という生き物は、古来より耕作や運搬での使役動物の筆頭として、人間のために働き扶けてきてくれた。
なかでも特に大きな働きをしたのは戦争である。
これは他の生き物では代わることの出来ないこと、馬はそういう苛酷な宿命を背負っている特異な存在と言える。
平和を象徴し世界中で神馬として神の遣いでもある馬が、その真逆の死闘の場で傷つきながら人の為に命を落としてきた。

実際に馬と関わってみて、馬がいかに繊細な生き物で、ちょっとした物音も怖れ逃げ惑うものかを知り、
安心してやすらぐ環境をいかに愛しているかを知ると、その運命がやるせない。

私が今ご縁のある南の島の馬たちも琉球王朝時代、モンゴルとの戦いのために幾千もが明国に輸出されていた。
有史以来何千年もの間、そんなやさしい馬たちが戦争に駆り出されてきたことを思う度に、胸が痛くなるのだが、
今回馬術競技をざっと見ただけで同じくいたたまれず、早々にリタイアしてしまった。

馬はその脚を一本でも故障すれば命取りとなる。
私自身、敬愛する仲間であった馬を後ろ脚の骨折で失っている。
たった一本足を折ったくらいでなぜその命を助けることができないのか、無念でならない。
でもそこが他の生き物と決定的に違う造りをした馬の不条理なのである。

それがわかっていてなお、障害という競技は、馬が数々に仕掛けられた障害物を跳んで競わせることをするのだ。
もちろん人と馬とのやりとりの一つの完成を目指すのは理解できるが、
一瞬のミスでその馬は確実に再起不能となり死に直結する、
そんな危ういことをなぜわざわざ世界中で?というのが素直な気持ちであり、
こんなことを許してはいけないとまで思っていた矢先、案の定スイスの馬が障害の着地で失敗し脚を骨折、
その日のうちに殺処分という悲しいニュースが飛び込んできた。

はるばる冷涼なスイスから飛行機に乗せられ、長旅のあとの酷暑の日本は苦しかっただろう。
馬にとっては失敗すればそこまでの命、このような競技にいったいなんの意味があるのだろうかと思う。
競馬もしかり。
引退馬や、脚を折った現役馬は殺処分になるのだが、それ以前に残酷な現実があることは知られていない。
競走馬の世界では毎年7000頭以上の仔馬を生産し、戦士として生き残るのはごく一握り、
そのほとんどの仔馬は処分されるのが実際だと聞く。
毎年それだけの数の仔馬が生まれてはすぐに命を終える。
累々の馬の屍の上に成り立っているのが競馬という産業である。

さて、最後になったが、ここからが本題。
このような馬をめぐる現状に憤り、馬術も競馬も廃止したい、など息まいてしまう一方で、
実は馬の通訳さんから馬たちの気持ちを聴く機会があり、それ以来私の中では大きな命題が出来てしまった。
すなわち
馬たちはもちろん悲しい、でも我が身や群れに起こるすべてを受け入れ、命をかけて全うしている。
自分に乗る人間との約束のためだけに恐ろしい戦場を駆け抜け、競走馬として走る。
そして人間のことを思いやっている、自分たちは大丈夫です、あなたたちはどうですか、と。
ただ、それだけ。

南の島の悲惨な境遇の馬たちもしかり。
馬のことを思って憂い怒り悲嘆にくれる人間のことを気づかっている、と。
それを聴かされてからは、馬からは人知を超えた遥かなる地平を見せてもらったと思っている。

もしかしたら馬にとっては人と関わるという諦めを受け入れた時に、
それが戦争だろうと例えばホースセラピーだろうと、そこには差はないのかもしれない。

ではひとはどう関わっていくのか、
生きもの達との共生とは、それはいったいどういうことなのか、ずっと考えている。
答えは出ない。
自分の矮小な意識レベルを何段階もこえた馬意識に導いてもらいながら、まだまだまったく馬には追いつけないでいる。
でもそこが私の、心満ち、ざわめく本題である。
  1. 2021/09/13(月) 21:07:07|
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