これは去年の蓮
葉山の、とあるヒミツの蓮池
蓮の茎を少しわけていただき蓮糸をつくってみました

去年花のころお邪魔して、
ふと思いつきその場でとつぜん蓮糸つくり
今年はうっかり出遅れてしまい、もう花は終わっていました
でもそのぶん気兼ねなく
ほんとの作りかたは知らないけれど
得意の、感じるままの草しごと
切り口から無数の細い糸が出てきます
それを撚りながら糸状にしていく・・・
なんてかるいもの



天女の羽衣は蓮糸で織られていたことでしょう
触れているだけで、浮遊感をあじわう
この世の重力から放たれたような質のものです
まとってみたい、
織ってみたい
けれど、数万本の茎が必要らしい、、
それだけでも現世からすこし遠のいた気分
根っこはレンコンだし茎も花心も穴ぼこだらけ
空洞を内包してる
つよいつよい存在感なのに

このかるさを活かした浮遊しそうな蓮の布を織ってみたくなりました xusa
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今月号の Lingkaranリンカラン、後ろのほーに出ています
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夏の終わりは葉山の海
がこのところ恒例になっている
海も好きだけど、xusaのリズムにのりたくて、自然とこの時期やってくる
ことしはとある場所の蓮の穴から夏のむこうをのぞきこんだ。
xusaはこれからどうしていくんだろ そしてわたしも
海の家オアシスにすわったのは思いおこせば10数年ぶり。
そこでhouちゃんの歌もきいたなんて!
蓮の糸はいったいどこにつながっているのやら musi
- 2008/08/22(金) 13:02:04|
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みょうがのヤブに四つんばいになってもぐりこむと
光がぽっぽっ。
みょうがの花、大好き。
前に「好きな花はなんですか」と3度目にあった人にきかれて
「うーーん、、、、ユキノシタ」とこたえたら、
植物のイラストを描き、庭の手入れなどをするその人は、
いつもはものしずかなのに、大きな声で
「ああああーーー、それがあったーーー」とさもくやしそうにした。
こんどそんなこときかれたら、みょうがといおう。
くやしがるだろな。 musi
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う〜やられた
次は茗荷をアップしようか、などと思っておりました。
いま盛りだね。
ミョウガの花ももジンジャーの花も好きと思ったら、どちらもショウガ科なんですね。

写真はきのう箱根の道路際にニョキニョキ生えてた植物。
かえってから調べたらシシウドだって。花は白くてフェンネルみたいだった。
シシという名のように力強い茎から繊細な花がフシギなバランス xusa
- 2008/07/30(水) 23:53:57|
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うのはなが咲いている、田植えのころに咲くから田植え花。雑草園のあたりでは、梅雨の雨をまって田植え、古いやり方のようです。
ういういしい花、だからこそ、なのか、あっというまに散ってしまう。花がさきはじめて、まだつぼみも半分くらいあるときがいちばんきれい。五月雨(旧暦では梅雨の雨のことですね)がうのはなをくさらすから、卯の花腐し。だれかの小説のタイトルにこのことばが使われていましたね。それだけで色っぽい感じがして心ひかれたけど、読んでない。。。(表紙だけはおぼえている、こういうのって作者にとってはどうなんだろう)
このまえ、木工の渡邊浩幸さんと話していたら、うのはな、すなわちうつぎは桐のたんすに使われる木くぎの材料になったそうで、たまたま彼の住んでいる柏がかつて木くぎの産地だったと知り、ひそかに木くぎツアーを行いました。詳しい(というほどのことはわかりませんでしたが)お話は興味のある方に個々にするとして、かの地ではうつぎは伐りつくしてしまったそう。 musi
- 2008/06/04(水) 23:26:51|
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ひねくれてひとすじなわではいかないじぶん
あほみたいにたんじゅんでもあるのに
すーっとそだったわけでない。
ねじくれて、枯れそうになって、じぶんでじぶんをかきむしって
すてそうになって
でもぎりぎりですくわれて。
雑草のようにたくましいっていうけど、雑草はどこででもいきていけるわけでない。
その草にあったところに、そしてその場所にあうような姿ではえるだけ
その草はそこでしか生きられないから、そこにいる。 musi
- 2007/12/17(月) 17:28:06|
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授業をさぼっていった図書室で、雑誌の抽象画にぐらぐらしてから、いまだ逃げられない世界。おばさんやみさちゃんにもぐらぐらするけど、でも、あの力をいまだ信じている。
現代人に残された祈り。のような。 musi

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昨晩パネリストで参加した葉山での
ミニシンポジウム。
今葉山でおこっている海、山、住宅地の無残な開発、
それに対峙するときまさにアートの力が要ると思った。
政治的な直線的な方法で動かなかった世界の在り方をポン、とあっさり転換できる力、
固まった動きにクリエイティブな直感で風穴を開ける、それはartの役割の大きなひとつではないんだろうか。
その意味では身近に迫った切実な環境問題を通して、そうしていきたいと願う自分はアーティストだったんだな、と最近ある日、初めて思った。
アートの意味をはじめて実感した。
美大卒業後ウン十年たってようやく。 xusa
- 2007/11/11(日) 21:00:59|
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草暦に、あまり実感のないことはのせないとこうか、と悩んだのが重陽の節句。でも、毎年悩んだ甲斐があったのか、今年は菊をすごく感じます。たまたま、お昼ごはんに、庭の、たぶん今年最後になるであろうハンダマをつんで酢の物にしたときに、あ、と思って、Cさんからももらった黄色い菊の酢漬けを添えたの。ハンダマもキクのなかま。サイケにすっぱく、からだげんき。 musi

- 2007/10/19(金) 18:46:08|
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