草虫こよみ xusa musi coyomi

:::::::::::::::くさ むし そら うみ つち ひかり

たなばた ササ

あおかえる
七夕、立秋。
さといもの葉の上 アオガエルしっぽがきえてひとりたち

さといもの露をあつめて墨をすって願いごとを書きました。
「星がたくさんみられますように」

今朝、サーサーノーハ、サーラサラと口ずさんでいたら、ササのおくりものがありました。
和歌山の海南市「おまめ」という店の「なれずし」です。
スピンハウスポンタが出している「スピナッツ」という手紡ぎ専門のコアな雑誌に前号から連載をはじめたのですが、次号は柿の葉寿司にちょっと触れます。そのつながりでぽんたさんが本場のなれ寿司を送ってくれたのです。(昔からのなれずしとは違う初心者(?)バージョン)

こんなこわおもての包み。
なれ2

ササの葉は、マス寿司とかそういう大きさのものを想像していたのですが、くるくると酢飯をまいたササはながーいながい。なんでも和歌山あたりの潮風があたるところにしかないササ(アセともいう)だそうです。どんなふうに生えているササなんだろうか。しめ鯖としょうがのいれかたも豪快です。画像クリックで大きく見えるよ
なれ2

南国の海の味、夏ばてがふっとぶうまさでした。
谷崎潤一郎さんに自慢したいくらい! というのも谷崎さんは陰翳礼讃に柿の葉寿司のことを「家でつくって夏中そればかりを食べた」と書いていて、レシピまでのせていたから。それにつられて私も柿の葉寿司をつくったのですが(おいしくできたけど)、彼は自分でつくったんではないことがわかりました。なんでこんなロングセラーなのにそこを指摘する人がいないのだろうか、ということをぽんたさんと話していて、今回なれ寿司をいただく運びになったのです。あのレシピで手がべとべとになってプンプンしたけど、やっぱり谷崎さんに感謝です。
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ぽんたさんよりササの画像を送っていただきました。これ、日南の海辺でたくさん見たヤツラです。なんか表情あるなあ、人かトリみたいだなあと思っていました。musi
あせ



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ことし七夕の日は伊豆
天の川、流れ星、牽牛星、織女星・・よく見えました

草の露集めは七夕の前日の朝するのだとか。
それで墨を擦り短冊と紙縒りを母の和紙で手づくり、願いごとではなく草を祀った、
おととし草の七夕

たなばた  xusa



  1. 2008/08/07(木) 14:50:22|
  2. 草で作られたもの

庭のモグサ・身土不二

モグサ

葉山の友人の鍼灸院で「ほうろく灸」をしてきた。
日ごろ特に不調がないので鍼灸にはご縁なく、なかなか行くチャンスがなかったのだけど、
素焼きの鉢をかぶってその上でモグサを焚いて暑気払い、というので即、参加。

頭に鉢をかぶって煙がモクモク・・
皆で鉢をかぶる時点でどうしようもなく笑え様々な境界はすぐさま取り払われる。
モグサを点火、しばらくするとアチチが来て、
頭の上にトウガラシの粉をふりまかれたみたいなビリビリ感。
それからしだいに何かが溶け、流れ、緩む。
シャキンとしつつもユルユル

これはいい〜
伊豆でもやってみた。
モグサは3年前の盛夏に亡くなった母といっしょにその直前まで採り溜めていた野生のヨモギを干したもので。
母の治療に使っていた。
冬になってもなくならないよう、二人で採りためている最中、たいして使わないうち
母はこの世から旅立っていった。
以来3年間、時が止まった場所に放置され、手を入れられなかった所から
いきなり今回こちらにワープ、突然のモグサづくり。
きっかけはいつも予想外のところからやってきて、
傷口はひとつずつ、あっけらかんとまた癒えていく。

漢方薬屋で買ってくるヨモギの葉は中国製、
もくもくと立ち上る勢いの煙。。
母はその煙が苦手で咳き込んだ。
それなら近くのものでつくってみよう、とようやく大きくなってきた野生のヨモギを
伊豆の家の周辺で採った。
火を付けてみると、大陸のものとは驚くほどの違いがある。
すーっと下にすべるように降りて伝うキメの細かい静かな煙。
咳き込むことなく、母の身体に自然に受け入れられた。
身と土、二つにあらず


その草でつくったモグサでほうろく灸
暑気払い
こんど田んぼのあと、みんなでやりましょ!  xusa

トンボ クルマのアンテナに止まってた


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もうすぐ、ママの逝った日になりますね。
あの夏、xusaは今までとは違う(通じるのだろうけど)草狩りの日々だった。
あのあと、たくさんとって干したよもぎとすぎなをわたしもいただいて。
きめの細かいけむりがすべるように降りる、たしかに。musi
  1. 2008/07/28(月) 22:46:11|
  2. 草で作られたもの

不精箒

不精箒



人の手で作られたものは、その人を離れて次の人に渡った時
そのものからなにが伝わるのか、
つくった人にはもはや計り知れない世界へと旅立つ。

箒に出会ってしまった。
白木屋伝兵衛さんという京橋の江戸箒の老舗で作られたという
ちいさくて魅力的なプロポーションの「不精箒」というすてきな名の。

すごいお値段だったのだけど
それに目が吸い付いてどうしても離れず、、

もともとモノにそれほど執着ないので
実用以外で高額なものはまず買わないのだけど
今回もちろん実用でもありながら
そしてつくった人は実用以外考えず丁寧につくっただろうこの箒に
心をうばわれた。

3年間、ものつくりを休んでいる私に
不精箒は揺さぶりをかけてくれた。

見ていると、心を律してくれる。
誠実な仕事の跡。
素材と向き合った時間の跡。
作った人の手の動いた跡。
どれもに、ある超えたものを感じる。
そしてすがすがしさ。と、なにげなさ。

しばらく制作を止めている私のこころを
さっと掃き清めてくれたような、
そんな心地を伝えてくれた、
草の仕事。   xusa
  1. 2008/06/14(土) 23:45:22|
  2. 草で作られたもの