草虫こよみ xusa musi coyomi

:::::::::::::::くさ むし そら うみ つち ひかり

土の上に 床の下に 

ワケあって、おとといから、よもぎうえはら寝袋生活。

もともと縁側の庭に面したところの大引が朽ちはじめていて、小手先修繕してきたのですが、
硝子戸やアミドの開け閉めに支障がきて、musiにはそれが耐えきれず、しかし自分では直せないので、
下町の工務店さんに来ていただきました。
代々木上原界隈には古い家を修繕してくれて、かつmusiとも相性あう大工さんとまだ出会えていないので、谷中の阿部建築さんにお願いしました。
一年待ちでした。ありがたいです。

当初、大引を直して、濡れ縁を80センチ出して、出入りしやすいようにするだけだったのですが、この縁側の両端の床がへこんでいるので、床のはりかえとあいなりました。
この縁側に面した畳の部屋が寝室なので、書斎で寝袋になったのです。

一日目、書斎の床に寝ていたら、あまりの虫の声と、昼間に戦前からの床下の土を見たせいか、この土地が武蔵野の野原か薮だったころの記憶みたいな風景がありありと感じられて、眠れなくなりました。
けっきょく書斎のロフトにのぼって寝たところ、こんどは天窓が近くて、空がせまってきて。。。
環境がかわったからか、秋だからか、夜が長くなっています。

土の上に生えていた木が、伐られて、土と石の上で、家になる。
放っておけば、土に還る木を、土の上にたてる。
そんなことをする人間。

ゆかした

改修旅行中のmusiより
  1. 2014/09/18(木) 10:52:19|

土と水と火と

インド水瓶ラジャスタン

砂漠がちなラジャスタンでは水が大切で、調理のときにもあんまり水を使わないようでした。
唐人稗(バジュラ)100%のローティは、
小さな竃(チュラ)の上に、土器の平鍋(タゥワ)をのせて、焼きます。
牛糞(ゴーバル)で起こした炎を少しの枝で保ち、あるていど焼けたら、チュラの中の火に直接あてれば少し膨らむ。
そこにギー(バター)をたっぷりかけていただいて、最後にほんのりあたたかい白湯を飲む。
喉にこびりついた油を溶かすとか。
これを朝に二枚食べたら、もうお昼はいらないくらいだとも。

唐人稗、はじめて食べたけど、叫びたいくらいにおいしかった。
いままでの人生でいちばんおいしい薄焼き粉だわ。
それはバジュラというものがわたしの味覚にあったのか、
つきたてひきたての粉だったからか、
この土器(ミッティ カ タゥワ)でゆっくり焼いたせいか。
そのすべて。

インドバジュララジャスタン

毎日まいにち粉にひくのはめんどうといえばめんどうだけど、
わたしたちは何につけ、いいもわるいもなくて、おしなべれば同等なんだ。
粉にひくめんどうが減った分だけ、なにかを得て、なにかを失う。
戦争や差別や天災や、不条理といわれることとは、表面的には今のところほとんど離れている呑気なmusiも、
気づかないだけで、すごく失っていることや、恵まれていることがあるんでしょう。

チュラと土間のメンテナンスの仕方を、バギラティ姉さんに教えてもらいました。
使うのは畑の土と水とサリーのきれはしだけ。
本体はゴーバル入りなり。これはすさの役割をするし、日本のように発酵を待たない。
だってほかほかゴーバルはもう発酵済だから。インスタントなんです。

インドdoronori

musi
  1. 2014/02/18(火) 15:15:16|

えみおわす×ささたくや 旅と暮らしのお話会 @ ヨモギ上原hakoギャラリー

葉書がとどいたときににやりとした。
なおきさんとたくやさんが、すっくと立って、
鑑真号。
水田順子の切り絵、ふるってる!

「えみおわすの服と旅食堂のごはん」の案内状。

たび

そこでおもしろいイベントがあります。
えみおわす×ささたくや お話会
9月15日(日) 18:30-20:00くらい

musiは案内役とごはん役をつとめさせていただきます。
ごはんは、なおきくんが旅で出会った友てっぺいさんの採っているひじきを使いたいなあと思っています。

旅で出会ったふたりが、それぞれ岡山と高知に暮らしている。どんなお話が出てくるのでしょうか、
そして、そのころはどんな季節の中に、わたしたちいるんでしょうか?

musiはご近所なので、お話会の日以外も、TABI食堂のお手伝いを期間中ずーっとしています。
気楽に遊びにいらしてください。
たくやくん、さらにバージョンアップしているんだろうな。お手伝いさせてもらえるのも私にとっては、大切な旅。
ゲコタもいっしょに来ると、もっといいのに! ゲコタについてはたくやさんのwebをぜひ見て!
  1. 2013/09/02(月) 21:10:38|

アワとシマントの旅

IMGP3296.jpg この先の滝に打たれに

この2年、私の暮らす地域、葉山、逗子、鎌倉エリアから、数十人もの友人たちが西に移動するのを見送ってきました。
もうすこし外側の知りあいも入れると相当数の知人が動いています。

放射能の問題が大きかったのですが、それだけではない、
時期の符合により移動した人もかなりいるのです。
なにか根っこでの大きな変動がおこっているのを感じます。

まさに歯車が次に噛みあってしまい、これまでの流れではない潮流が動き始めた、
それに自然に沿ってしまった人の、移動の季節がこれからもますます続くことと思います。
もちろん、あえて動かず、この地で次の動きを始めている人たちもいますが
いずれにしても、「以後」の意識の導きがはたらいているのをひしひしと感じてしまいます。

この2年の間、何度も訪ね、なんだか実家のような気分さえする、阿波のジュンくんとヒロヨちゃんの農園、ひだまりむすひ。
彼らは震災の直前に、葉山から出て農的な暮らしをすることを決めていました。
ご縁で行った先は忌部氏の本拠地。
忌部は大和朝廷以前にいた部族で、祭祀や農、土木、工芸等の技能を司るひとたち、阿波が発祥です。
ジュンくんも実は忌部に繋がる縁であることが行ってからわかりました。
阿波には忌部の痕跡がそこここに。
行く度にワクワクどきどきの連続。
忌部氏のことは、これからの世界の行き先を示す扉を開くカギような感じなのです。

ジュンくんの家から車で20分ほど行くと、やはり葉山から移り住んだカメちゃんも居ます。
電気はすべて太陽光、水は沢から、田畑を耕し、犬猫、ポニーと暮らしています。
葉山にいた時からいちだんと柔らかく、こどものようになっていました。

この春四万十に移り住んだタクヤくんの家も訪ねました。
阿波とはまた違う陽の気の満ちる土地。
明るくて清々しい四万十川のほとりに彼は住み始めました。
もっと隠者のような暮らしかと思っていたら、毎日トントンと大工仕事や、スズメバチの撃退作戦などに忙しく、イキイキとした時間のなかで早くもしっかり着地している。
そして彼には真水は似合うと思いました。

今回、四万十の川や阿波の滝で毎日泳いで、真水の存在がとても新鮮でした。
いつもは海で泳いでるので、海水が当たり前でいた私ですが
次々と流れくる真水が造りだす世界の清浄さはまた特別なもの。
そこに身を浸した皮膚の記憶は、なにと新たに繋がって拡がり始めるでしょうか。

それまで近くにいた友人たちが各地に分散しました。
今、たくさんの人が自分の感性とご縁に動かされ、あちこちに点在し、そこで光を発しはじめています。
そして私のように、その間を行き来する人たちも増えました。
そのご縁の輪のなかで、それぞれの土地の記憶や、自然の神秘は共有され、発見され、新たに展開していく。
これまでの都会と田舎という区分を軽く超えていく潮流。
おそらく、国も超えている。
この星の大地の一時に沿って、そこを楽しんで生きる感覚

やっと取りもどし始めました。
本来の、そしてあたらしい時代の始まりです。   xusa

IMGP3373.jpg 四万十川

  1. 2013/08/03(土) 08:18:52|

 ただの人の「彼らの敵」

もう東京公演は日程が終盤なのですが、お近くの方はぜひ。
「ただのいぬ」の作者で写真家の服部貴康氏の体験を原案にした芝居です。

musiは昨日行ったのですが、想像以上の重たさにうちのめされましたけど、それについて感じつづけています。

彼らの敵

京都公演もあります。

火曜日はxusaと暦の打ち合わせをかねて、海へ。
岩になったふりをして、魚やクラゲのそばで至福の時をすごさせてもらったあとに、
こんな芝居、
というか「事実」を思い知らされるとは。。。

悔いのないように生きるっていうけど、悔いって何?
といまおもっている。

どう生きたって、だれもかまっちゃいないけど、
「だます」っていやだ。自分も他人もだましたくない、
澄んだまなざし。
澄んだ耳、澄んだ皮膚。

濁りもそのままに、そのままに感じるんだ。

RIMG0090.jpg


musi
  1. 2013/08/02(金) 17:22:11|

ワンダー伊勢神宮

IMGP3145 のコピー

夏至の日、お伊勢さんへ

聖域の古木の霊力に浸ってきました

伊勢神宮は森の木々が主役

お社はただ、人の世界のためのもの

かみさまたちはあまねくそこここに居られる

整えるところは整え

ゆだねるところはそのままに

全体に充ちているどこかラフな気

伊勢の容量はおおきい

目に見える空間や、見えざる気配

なにものか、曖昧としたものにただ頭を垂れ、手を合わせるたくさんの人々

それを無限に包み込み、そして跡形もなく掃き清めていく

あの森にはたくさんの次元の入り口が佇んでいる

伊勢はなんだかそんなところ

ワンダーランドでした

xusa

IMGP3147_2.jpg

IMGP3156.jpg
  1. 2013/07/02(火) 14:07:04|

奈良 梅の旅

m月ヶ瀬烏1

ここがもうちょっと海に近かったら移住したいくらい。
そんなふうに感じた場所でした。。。月ヶ瀬。
(もし移住先で山方面をお探しなら、おすすめです)

奈良ミルツルでの「うたとうめ」は、梅の旅へいざなってくれました。

梅の会では、当初奈良の梅は間に合わないから近隣から、といわれていたのですが、間に合うところを探していただけました。
かりかり梅なので、塩は少なめ、よく揉んでから漬込み容器にいれました。

m小梅

かわいい人たちとあえて、とってもうれしい梅バアでした。

m梅が香
梅肉と鰹節、さんしょうなどを煮あわせた「梅が香」もつくりました


そして烏梅の里、月ヶ瀬へいったのです。
musiが奈良に行くというと、南部桶正の奥畑さんが「ちゃんぶくろつくってるところが近いで〜」と、作り手の浦島さんの名前を教えてくれたのです。(奥畑さんは岩手在住ですが、大阪出身)
でも、車でないといけないなあ、とひそかにしょんぼりしていたら、ミルツルさんがご手配くださったのです。
月ヶ瀬健康茶園のるなさんがお世話をしてくださって。

奈良ネットワーク、時空をこえるパワー。

mちゃんぶくろ浦島さん
浦嶋さんとちゃんぶくろ 80歳でいらっしゃるそうです。「手の仕事は若いうちにせんとあかんな」と。

m月ヶ瀬烏4

m月ヶ瀬烏3
真っ黒な烏梅

m月ヶ瀬烏2
紅花染めの発色に使われます

m月ヶ瀬チャエン
昔仕立ての茶畑、マルチのように木の葉や枝を敷くだけですって。規模も経験も完成度もぜんぜん違いますが、雑草縁の茶畑もほとんど同じ方法でした! もっとワイルドですが。。。


後日談。
わたしが月ヶ瀬よかった、と母に連絡したら、なんと母が子供のころ家族で戦後しばらく住んでいたのが、その近くの村だったのです。
母は山暮らしの楽しさを私によく話してくれていましたが、まさか月ヶ瀬村の近くだったとは。
さっきメールで「山を滑り降りながら山桃や山梨を食べ草原に咲く曼珠沙華が記憶に鮮やかです。山遊びを覚え解禁になった松茸を私は大変上手に見付けたそう」と。
母もすごく楽しいことを思い出したようで、こんどはいっしょに月ヶ瀬に行こうね、と約束しました。musi




  1. 2013/06/04(火) 16:19:58|

本の梯子

京都に桜を見にいくという人が多いですね。
そんな方、ぜひ本の梯子展にいってください。
musiも里帰りを兼ねていきたかったのですが、かなわず。。。

大切な心の友である福田尚代の作品が展示されています。

本の梯子

原稿用紙でものを書くことはほとんどなくなったけど、この作品を見て、
ああ、こういう気持ちで書くことあるなあ、書きたいなあ、としみじみ感じました。
このような共感をもらえること、ありがたいです。

この作品でいろんなことを感じる。

彼女こそ、ほんとうにアーティスト。


musi

hasiog
うちの書斎の梯子から梯子の案内状
  1. 2013/03/25(月) 22:02:35|

コケの旅

はっとり入り口

2年以上の間をおいての、宮崎は日南市、飫肥。服部植物研究所。

はっとりこけ
みっちゃんがみせてくれた顕微鏡の中。写真ではうまくとれませんが。

そして東京から猿山さんがもってきたお土産は、山本千夏さんがつくってくれたコケ風の生チョコ。
(抹茶でコケらしくしています)

コケ生チョコ


ハミズゴケの原糸体に似ているとか。。

飫肥でのお話会はデザインのお話が主でしたが、というかわたしたちはコケの話はできませんけど、コケの精妙な世界はデザインにも通じます。

コケの縁。

そして今回、すてきな本に出会いました。
研究所の水谷コケ博士が、日本語訳の用語監修をされたこの本。まだ読み始めたばかりですが、こういうコケの本がほしかった!、という内容。すばらしいです。レイチェルカーソンの「我らをめぐる海」みたいな感じ。
ネイティブインディアンでコケの研究者である著者の世界観があらわれているよう。
原書はみっちゃんが貸してくれました。

はっとりコケ本

4/27日の、世田谷ものづくり学校グリーンデイイベントでは、初心者向けコケの観察会を行います。
講師は「コケはともだち」の著者の藤井久子さんです。

服部植物研究所からは、コケ学はじまりの書籍のレプリカをお借りして展示します。

さるやまさんがデザインしてくれたパーゴラ。パッションフルーツの屋根が出来る予定でしたが、まだ植え付けられていません。鉢植えのまま、10個以上も実をならしたそうです。さすが宮崎です。春になったら今年こそうえつけていただきましょう。

はっとりパーゴラ

これは玄関ではがしたセメントたたきを使って、musiが自ら施工いたしました、がきんちょのための自転車置き場。いい感じになってました。でもあまり自転車で訪れるがきんちょはいない模様。。。
はっとり自転車置き場

  1. 2013/02/27(水) 21:44:49|

洗濯機無し暮らし 一周年 に思うこと

去年の1月の頭に長年使ってきた(しかも人様からいただいた)洗濯機がこわれ、
20年ぶりくらいに洗濯機無し暮らしに入り、
最初は手で洗うのめんどうだな、と思っていたのが、わりと普通になりました。
今では、友達の家にいったりして、洗濯機があると、「うわあ」と今までにない感情がこみあげます。

洗濯機を買うかどうか悩んでいた当時、まったく数学苦手な甥っ子が計算をして
「一週間に一度コインランドリーに行くとしたら一年で、もう買ったほうがいいんでない?」
といわれましたが、かたくなに買いませんでした。
一週間に一度以下の割合で行くようにしたんです。

脱水がたいへんですね。

でも洗濯ということを見直しています。

洗濯の歴史もおもしろいんだよね。道具がからんできて、ほんとうに。
もし興味のある方は、小泉和子さんの「道具が語る生活史」の「働く」の章をごらんください。
まあ、おもしろいったらないです。
「洗濯石」っていうのがあったのですね。これはインドにいったときに石の上で洗っていたので、よくわかりました。叩き洗いに近いね。
当然ですが、あらためて衣料の素材によっても洗い方は違う。
洗濯機なしで、洗うものと洗い方とにむきあった一年は、洗濯の旅でした。
バケツやタライってありがたい道具です。
お湯もすごいし。

それにしても、洗濯石とか漬物石とか火打石とか、昔は暮らしの中で、けっこう石をつかっていたんですね。
そういえば、恋人が、子供のころに、家族で河原に遊びにいって、漬物石をリュックにいれた写真をみせてくれたことがあって、すごーくかわいいなあ、って惚れ直したことがあったっけ。

ああ、こんなことも思い出して、なかなかいいね、この暮らし。 musi





  1. 2013/02/13(水) 22:25:46|
次のページ