草虫こよみ xusa musi coyomi

:::::::::::::::くさ むし そら うみ つち ひかり

みそ小屋仕込み

大寒に入り、最も寒い時期。
この時期に味噌を仕込むといいのですが、目下みそ小屋の修理中なり。
立春あとの仕込みになりそうです。
まあ、毎年、新暦の3/3日ころまでには仕込むようにしていますので、まだまだ時間がありますね。

納屋の改装は去年から動きだしたのですが、たぶん意味があって、なかなか進まず、けっきょく一年越しで施工がはじまりました。
one kitchenのはらたくが親方になってやってくれています。
どうもmusiはリフォームの星の下に生まれたようで、新築の経験は(仕事以外では)なく、古いものをなおしては住まわせてもらっています。
しかし、こんなリフォームというかリノベーションというか、修理というか、、、ははじめての経験で、「住む」ということを真剣に感じる機会になっています。

この納屋はもう半年おそかったら、倒壊していたかも、というくらい、柱がぼろぼろで、生きている柱は四本だけでした。天空の納屋だったのです!

それにつけても、こういう古い家を中味を見ると、自分の肉体との相関を思います。
これはもしかして無理な延命治療で、やる必要があるのか?、と思ったり、
ああ、ぎりぎりセーフ。ここでしっかり再生して、あらたなスタートはきるのだ、とか。。。
けっこう深刻ですが、総じて前向き。

なやあずまや

納屋は、おそらく東屋として生まれかわるようです。
当初は、動物が入らないように(たぬきやハクビシン)、壁をしっかり直すつもりだったのですが、
やめました。
屋根だけはつけておきますが、外気をうんと感じる場所のほうがここにはふさわしいと思い直したからです。
味噌桶の置き方だけ工夫して。

なやゆうぼくみん
遊牧民さんの土間。こんなふうにできるかしら。

musi



  1. 2015/01/21(水) 00:02:31|
  2. 自然環境

旅支度

父が心身弱ってきたので、ときどき実家に行くようになり、十数年ぶりでお正月に帰省しました。
昨年の秋にそうとう弱ったと、母がいい、
わたしや父の弟妹たちもやってきたりしたのもよかったのか、
思いのほか元気になっていました。
奇跡みたいなことがおこるんだなあと驚いて、でも確実に別れの時が来ることを実感しています。
この実感というか、心の準備って、ありがたいですね。
わたしは、しめきりがぎりぎりになるのが苦手なので、別れも余裕があったほうがいいのですから。

帰省しては、片付けを手伝っているので、父母の持ち物を眺めています。
死ぬ準備をせなあかん、って彼らはいいます。これも旅支度なんですね。

今回は父母の持ち物というよりも、自分がおしつけたものを片付けました。
それは、平和の圧力鍋とカムカム土鍋。。。
玄米食に浸っていた最後のころ、20代の後半にプレゼントしたもので、
圧力鍋だったら玄米がもっちり炊けるので、父母も食べるだろうと、当時奮発して買ったことを思い出しました。
両親とは、20代のはじめから半ばごろまでは、絶縁状態だったのが、あることがきっかけで親孝行しようとなったのですが、けっきょく自分のエゴをぶつけていただけだったなあと、一度も使われていない様子のカムカム土鍋を見て、げっそりしました。(しかし捨てていないところが親心)
圧力鍋の方はIHにするまでは、さまざまな調理につかった形跡がありました。

捨てるのもなんなので、持って帰ってきました。
重いなあ。。。よくこれも運んだもんだわ、とあきれ、この重さに、自分の尻軽さを感じ入っています。
いっときは圧力かむかむ鍋に傾倒して、しばらくは、圧力をかけると滋養が破壊されるということにひっぱられたり。

ともあれ、父母がわたしが育つ支度をしてくれたほどにはできないけれど、
彼らの心身に耳をかかむけ、こちらからおしつけるのではなく、教えてもらうようにいられたら、と願います。
ちょっとした役割のとりかえっこ。なだらかにおだやかにばかりできないけれど、とりかえっこの時期がやってきたみたいです。
でもほんとうにほんとうは、父母が子であるわたしを最期まで育て続けるってことなんだなあ、と
ゆっくりゆっくり足元をみつめて歩く父の後ろ姿に教えてもらいました。

musi
  1. 2015/01/07(水) 22:46:21|
  2. からだとこころ

マーマースクール 七草玄米粥の会

去年、六本木のフラットハウスでやらせていただいた「季節の魔法、七草玄米粥」を、
今年は世田谷ものづくり学校IIDでやらせていただくことになりました。
ここでは草摘みもできるし、人数も2/3くらいにして、じっくりとやりましょう、ということに。

都会ではなかなか草摘みができないのですが、
10年近くおつきあいしているIIDは、野草がたくさん残っている、都会では希有な場所。

七草にまつわる故事は、世の東西を問わず、人がいかに植物から力をいただいてきたか(薬効などそういう対処的なことだけでなく)を教えてくれます。
2015年という変化の年を、この東京での草摘みではじめられることに、なんだか身がひきしまる思いで、同時にわくわくもしています。

魔女入門一日講座 季節の魔法,玄米七草粥→

そしてこの七草の翌週は、てのひらワークスさんの「足元からの生態学」をはじめます。

去年の夏の終わりに草舟で白鞣しのサンダルをつくって、とってもよかったので、多くの人と共有したくて世田谷でも、小林智行さんにやっていただくことになりました。

植物も動物もこの世で生きる同じイノチなんですね。
でも境目があって、それをとびこえたり、はずしたりして生きている。

新しい年、この宇宙のささいで、いちどきりの、瞬間を、いまいまに、生きていきます。

musi
  1. 2015/01/06(火) 11:03:11|
  2. 季節のしごと