草虫こよみ xusa musi coyomi

:::::::::::::::くさ むし そら うみ つち ひかり

田ノ浦へ

 祝島に夕陽が沈む

上関原発建設に揺れる山口県上関町の田ノ浦へ行ってきました。

先に行っている友人たちの支援と、なによりもそこに居るだけでこれから進もうとしている事態の抑止力になり、その間に工事の凍結へ気運が高まることにかけて。

実は私xusaとmusiは1988年のNO NUKES ONE LOVEという祭りがきっかけとなって知り合った仲です。
88年8月8日八ケ岳8日間のキャンプインしながらの、当時そうしたNO NUKESのイベントとしては初めての試み。
チェルノブイリの事故を受けての反原発のムーブメントから起こり、今なんとかしなければ、と企画された、今に続く野外でのキャンプインイベントの先駆けの祭りでした。
ネイティブアメリカン、アフリカン、アイヌ、韓国、沖縄、さまざまなネイティブのリーダーや音楽家が集合し、
みなでそこでテントで寝泊まりしながら、食や農、身体や心のいろんなワークショップ、コンサート、というものを体験しました。
いろいろあったけど、やっぱり私にはその体験が大きなきっかけとなって、東京を離れた草との生活が始まりました。
あれからなんと23年。
あのときいっしょに遊んだ子供ももうお母さんだったりします。
それだけの時はたったけれど、ますます原発は増えていく。

今回、田ノ浦には葉山から車一台で5人、夜通し運転で行きました。
東名にのってすぐの中井で早くもくじけ、今ならまだ帰れるよ、と言うと全員がうなずく始末。。
この先の長い長い道のりを運転していく、と想像しただけで皆ゲンナリ。
そんなゆるゆるチームでフラフラとなんとか現地に到着。

しかし・・着いたらもう、最高でした!
なんというかとても清浄な場。
居るだけでピカピカになれる。
行ってよかった!

本州の西の果て
瀬戸内海の最果て
湘南の光とは違う、微細で初々しい感覚でした。
キラキラと、人の存在がほとんどいない感、固有の透明なエリア
生物多様性のホットスポットだけあって、なにかピチピチとした細胞が飛び交うようなきれいなエネルギーに充ちています。

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R0012530.jpg 一緒に行った友人は田ノ浦の海に潜りました

ただ、そこはすでに山がはぎとられ、陸の工事は着々と進んでいる。
希少海洋生物の宝庫の田ノ浦ですが、この工事ですでに姿を消したものもいるといいます。
それだけ脆い生態系です。
すでに余っている電気をつくるために、人にも生き物にもこれだけの大きなダメージを与え続けるという理解のできないことが依然全国でふつうにおこなわれていること。
このままではまだまだ原発は増え続けます。

田ノ浦の海浜部分はいまのところ自由使用が認められる区域として、全国から海を守りたい人が続々とやってきて、そこに入れ替わり居続けることで、海岸の工事をなんとか食止めています。
でも沖ではすでに埋め立て用の岩や砂も投入されています。

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現場は最前線、とても力のある場でした。
そしてなにか大きな可能性を持っている。

中国電力の作業員の方に暖かい飲み物の差し入れをして喜ばれるシーンもありました。

全国からさまざまな年代の人たちが次々と入れ替わりやってきて、浜で焚き火を囲みながらすぐに心ひらいて話せる、
風通しのよい、きもちのいい空気感に包まれていました。
みな見ている未来をある部分で共有できているからでしょう。
全国からおいしい食べ物の差し入れも次々と。
心もたくさん届きます。

今、日本では国家と大企業が先頭にたち、守らなければいけない自然や生態系を逆に率先して破壊していきます。
一市民になにができるのか想像もできないほど相手は大きい。
でもできるところから解きほぐしていく、その動きを広めていく、そんなことしかできないけど、その先は必ず次の変化に繋がっていく、それは確かです。

今回行かせてもらって、たくさんの充ちた気持をもらってきました。
かわりに現地で私ができたことといえば、ジャンベ隊のタイコでさんざん踊って、田ノ浦の海と、祝島にむかって祈りの踊りを捧げたことくらい。笑
あとは中電の人たちに、とにかく気持ちよく挨拶しつづけたこと、掲示板つくりのお手伝いをしたことくらいでした。

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美しいところでした。
ほんとうの和解と共存の日をイメージしました。  xusa

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  1. 2011/03/06(日) 22:58:09|
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