草虫こよみ xusa musi coyomi

:::::::::::::::くさ むし そら うみ つち ひかり

ひきがえると小説

いるんじゃないかと思って、そっと板をどかしたら、やっぱりいた。
ひきがえる。
よもぎ上原の小庭のレイアウトを少し変えようと、今日ははりきっていたのですが、ひきがえるの冬眠する場所(セメントマスの上に板を渡して植木鉢置きにしていた)をいじれないので、あっさり作業は終了。

それでいそいそと織田作之助の「放浪」を読んだのです。
おととい行った古本屋のおねえさんが好きだといっていたので。
そのおねえさんとの話で私は思い出したことがあったから。
父が脳梗塞で倒れたあとに、机の上にこの織田作之助の「夫婦善哉」が載っていたこと。
織田作之助の作品は一度も読んだことのない私はこの小説はドタバタ劇のようなお笑いの系統だと、勝手に想像して、父はこういう本なら読めるのかな、と変な感じがしたのでした。
でも「放浪」だけを読んだところ、きっとこの大阪あたりの貧しくてうら寂しくて、やりきれない笑いがあるような、悲惨ともいえるそのままの現実、のようなところが父の幼少の頃と重なっているのかと思い当たって、夜半からの雨に父のことをあれこれと映す。

ひきがえるのまぶたが見える。なまあたたかい雨に目をさましたかも。

musi


  1. 2011/10/21(金) 23:17:07|
  2. 季節の草虫