草虫こよみ xusa musi coyomi

:::::::::::::::くさ むし そら うみ つち ひかり

surfinと草狩り

wave

 波頭にHawaiiの神の顔・・

昨夜は近所の一色海岸の海の家ブルームーンで佐藤傳次郎さんのフィルムショウがあった。
友人のユカリシャスやKAZZもライブで参加。
佐藤傳次郎さんはサーファーを撮り続けているカメラマン。
上の写真は代表作。画質が粗くなってしまったけど、波頭にハワイの神様の顔が見える、と言われている。いるでしょ!
30数分のフィルムはジェリー・ロペスをはじめとするサーファーたちがbig waveに乗るさまをひたすら撮り続ける、めくるめく波と人の世界。。
ただ波に乗る。それを見ているだけで、こんなに心揺さぶられるとは・・
本人たちはどんな世界にいるのだろうか。

サーフィンというものは永らく自分の中に意識されないものだった。
もちろん今でもやっているわけではないけど、
人の気配のなくなった夕やけ時、海に出てひとりぷかぷか浮いているときなんか、
身をゆだねている、この途方もなく膨大な海の水との直の繋がりに、自分の意識の許容量を超える底知れない気分におそわれることがある。
自分だけど自分でない。すべての生命体と交じり合う境のない感覚。。
しだいにサーファーに興味を持った。
彼らは物質界と自然界が交じり合う先端のラインに乗り続けることでさぞかし超自然的な、
あやうく意識の淵から落っこちそうな体験をしているだろう。

わたしの場合、ひとりで山道のなか草を刈りに行く時にまわりの木々や草虫に迎え入れてもらい、種のボーダーがはずれるような感覚が訪れることがあって、
周囲の自然と自分との同一感に至福の瞬間を味わうことが、ひと夏に何度かあるのだけれども、サーフィンも同じなんだと思う。
海というモノ凄いエネルギーとの合一はサーファーのなかにどのような意識を呼び起こすのだろう。
山道の草との静かな交感とは異質な、ダイナミックで強烈な体感。根幹は同じだろうけど。
こんど話しを聞いてみたいな。

ただひたすら波とたわむれるサーファー。
ただ、ただ草とたわむれてきた私。
生まれ変わったらサーファーになりたい、とこの数年おもっている。
と言ったら傳次郎さんは、いまからでも!と。
70過ぎてから始めた人もいるそうだ。。。!


夏の葉山ではxusaはブルームーンかオアシスにいます。。
オアシスでは今年もスケジュールに草虫こよみを使って(ちょっとラフに。笑)くれてます。
xusa


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波のりは究極のラインなんだろうね。あいては、だって、波、なんだもの。
70過ぎではじめた人かあ、写真家のレニもそんな年でダイビングはじめたんでなかったっけ。
xusaならできそう。わたしはうまれかわってからにしよう、くらげになるかな。

ああ、オアシスの暦にhouちゃんの名が!
彼女のふるさと宮崎もサーファーがたくさんいるね。
夏の終わりはまた葉山であえますように、またおどれますように。 musi
  1. 2008/07/14(月) 11:22:37|
  2. 自然環境