草虫こよみ xusa musi coyomi

:::::::::::::::くさ むし そら うみ つち ひかり

洗濯

xusaの美しい風景のあとになんですが、お洗濯の話。

梅雨の晴れ間に、というか、暑いと水遊びがしたくなるのか、洗濯モードにスイッチが入って、ためこんでいた冬物をつぎつぎに洗っています!
まだセンタッキーがないので、手洗いです。これは楽しい。
そう手洗いはいいのです。
問題は手絞りです。

伝統工芸じゃあるまいし、手絞り? 
いえいえ、脱水問題です。搾る、の漢字ですかね。
ともあれ、しぼるのは手にもしんどいし、布にもよくないので、億劫です。
でも1年半やってきて、荒絞りというか荒握りというか、ちょっと水をきったら、
そのまま竿にかけて、自然に水分をへらして、それから生乾きのうちに形をととのえる、
というのがいいようです。
形をととのえないで、荒しぼりで干すと、しわしわごわごわになります。
ほんとうに「絞り風」になって、しぼがとれなくなります。
生乾きで形をととのえる、というのがコツですね。

たとえば手洗いを余儀なくされる旅中は、あらかじめ手洗いやすいような服をえらんでいるけど、
東京暮らしでずっとセンタッキーがあるのが普通でいると、洗いやすい服、という基準が違うのだと気づきました。
センタッキーで洗いやすい、というのと、手で洗いやすいというのは違うんですね。

ふわふわのバスタオルはもういらない、というおばあさんがいましたが、その気持ちが、手洗いの面からよくわかります。フェイスタオルを何枚も使うほうが洗うのも干すのも簡単です。
だから大きなふわふわのバスタオルって贅沢なんですね。

こうやって、手で洗って水をきっての一連のことをやっていると、年をとりながらの家事の変化についてもあれこれ考えられます。

手で洗えるくらいの布暮らし。
が理想だなあ。

もちろん洗い方も、
汚れたところだけ洗ってすませるというのはなんか気持ちが悪かったのですが、
なんでもかんでも丸洗いという「洗脳」(脳を洗う!!)から脱出する必要もあるのです。

四十の手習い、ならぬ、四十(代です。。。)の手洗い、
まだまだつづきます。
コインランドリーと併用dayo.

musi
  1. 2013/06/18(火) 10:40:03|
  2. 自然環境