草虫こよみ xusa musi coyomi

:::::::::::::::くさ むし そら うみ つち ひかり

マツマロ マシュマロ

とある「曇りのち雨」の予報の冬の日、よもぎ上原で年に数度の焚き火日和。
たまった剪定枝を慎重に慎重に燃しながら、性懲りもなく第二ナイルの土木工事にとりかかったのです。
第二ナイルというのは、第一があるということです。
第一はあきさんがこの家にきたころに一つの樋から雨が外に流れるように、溝をほったものです。
そこに良質な土がたまるので、「ナイルの賜物」といわれた古代エジプト文明にちなんで、
musiは猫の額のナイルとなづけ、ここの土を活用してきました。

そして曇りのち雨の冬の日、
(第一ナイル建設から15年後くらい経ってます)
第二ナイルにも着工しようとmusiの書斎の樋口から溝を掘りはじめました。

草虫まつぼっくり2

そうしたら、出るは出るは松ぼっくりと松葉、楡の葉にはりめぐらされた真っ白な土壌菌糸。

草虫まつぼっくり1

松ぼっくりはマシュマロみたいだし、葉っぱたちはふわふわのサンドイッチ状になっていて、
まさに糀です。
でも、それを掘り起こすのですから、環境破壊ですね。
私は自分の住処のために、場所をつかうのです。
大なり小なり、何かを殺して、生きている。
その大なりを少しでも小にしたいというネガイ。
でもそれは偽善行為ではなくて、工夫行為です。

大でも小でも同じ。

ただ、精一杯に、世界を感じ、その中で、生き死にを含めて生きる。
好き嫌いの個体差の棲み分けはかえってありがたい。
でも同じ場所で暮らすと、場所争いみたいのが起こる。
どうぞ、どうぞいいですよ、とすべてゆずることはできない。
だって少なくともこの肉体をこの空間に占めている。
ほかをのけて占めているのだから。

このごろわたしは性悪説に納得する。
それが今年の脱皮の姿なのか。
性悪だからこそ、と行動できるようになった。まだまだだけど。性悪だから工夫する。
(エデンの蛇がイブをそそのかしたことのメタファー、まさに蛇のおかげなんだ!)

それにしても、白神酵母でないけど、ヨモギ上原酵母に囲まれて住んでいるんだなあ。
あんまり掃き清めすぎずるのも問題だなあ。
掃除というのは棲み分けですね。

musi
  1. 2013/12/29(日) 17:56:02|
  2. 自然環境