草虫こよみ xusa musi coyomi

:::::::::::::::くさ むし そら うみ つち ひかり

鬼ぼうふら

縁側の修繕にともなって、樋もなおしました。
なおしついでに、樋から、雨水が瓶(かめ)に入るようにしたのです。
この瓶は越前焼きで、骨董界ではいわゆる下手物のいっしゅ。穀物かなにかを入れていたごくごく日常のものですが、とても大きくて、今ではあまり作られないものです。
これまでは玄関先でメダカを入れていましたが、庭先の樋の下に移動。
(メダカさんは玄関先で旧火鉢に入っていただくことにしました。)

メダカがいないので、ボウフラが我が物顔でいるのです。
おどろくほどたくさんいます!
それを、しばし見ていて思い出したというか、心あたったことがあります。

musiは小学生のころ、よくずる休みをして(でもほんとうにしんどかったのです、
学校にいきたくなくて。。。。)、布団の中に本を持ち込んだり、刺繍をしたりして、
でも午後になったらやおら起きあがって、庭にしゃがんでいました。
そして金魚やミミズやボウフラをみたり、草木をとったりして一人で遊んでいました。
それが、ある先生との出会いで次第に快活になって、中学生になってからはずる休みは、なくなりました。
(教科書を使わないで授業をしてくれました、でもすぐに亡くなってしまいました)

その先生が生きていらしたらまた違ったかもしれませんが、それからわたしは
中学生から高校生では、ボウフラもミミズもあんまり眺めなくなってしまった。。。
恋愛や部活、テスト勉強にかまけて。
恋愛はそういう時期にいたしかたないとしても、テストのための勉強の仕方の多くは、自分をバカにするものだったなあと思うのです。
部活も、もうちょっと体の使い方を素直にやりたかった。けっきょく試合に勝つってことが目標だったから。
もちろんやり方によっては、どんな教科も糧になるのだろうけど、ただただ早く終わればいいのに、って過ごしていた(特に漢文、化学)時間は、頭をぼかしたな。

もう高校生だったら先生のせいにもできないのですが、化学なんて、「はい、ここが東工大」とかって、入試の例題ばっかりで、実験なんてしなかったし、入試に関係のない地学は、そもそも教科になかったのです。

と、ボウフラを見てて、失われた時をとりもどそうとしているmusiでした。
自分はとりもどせなくても、出会った子供たち青年たちの、二度とないやわらかな時の、邪魔をしないようにいたいのです。

ボウフラは、無駄とも見えるほどの運動をする。あんなふうに泳ぐ必要があるの?
あるんだろうね、なくても、あるんだろうね。
モダンダンサーたちが、ひらひらくるくる踊って、びたっと止まって、またひらひらするのと似ている。
無限大記号に体をくねらせるなんてすごいよね。

けど、そんなボウフラダンスもおさまって、冬が来る。
蛹も踊る、ボウフラダンサーズ。

鬼ボウフラっていうんだよ、蚊の蛹。
よく見て、名付けたなあ。

musi
  1. 2014/10/21(火) 21:39:10|
  2. からだとこころ