草虫こよみ xusa musi coyomi

:::::::::::::::くさ むし そら うみ つち ひかり

旅支度

父が心身弱ってきたので、ときどき実家に行くようになり、十数年ぶりでお正月に帰省しました。
昨年の秋にそうとう弱ったと、母がいい、
わたしや父の弟妹たちもやってきたりしたのもよかったのか、
思いのほか元気になっていました。
奇跡みたいなことがおこるんだなあと驚いて、でも確実に別れの時が来ることを実感しています。
この実感というか、心の準備って、ありがたいですね。
わたしは、しめきりがぎりぎりになるのが苦手なので、別れも余裕があったほうがいいのですから。

帰省しては、片付けを手伝っているので、父母の持ち物を眺めています。
死ぬ準備をせなあかん、って彼らはいいます。これも旅支度なんですね。

今回は父母の持ち物というよりも、自分がおしつけたものを片付けました。
それは、平和の圧力鍋とカムカム土鍋。。。
玄米食に浸っていた最後のころ、20代の後半にプレゼントしたもので、
圧力鍋だったら玄米がもっちり炊けるので、父母も食べるだろうと、当時奮発して買ったことを思い出しました。
両親とは、20代のはじめから半ばごろまでは、絶縁状態だったのが、あることがきっかけで親孝行しようとなったのですが、けっきょく自分のエゴをぶつけていただけだったなあと、一度も使われていない様子のカムカム土鍋を見て、げっそりしました。(しかし捨てていないところが親心)
圧力鍋の方はIHにするまでは、さまざまな調理につかった形跡がありました。

捨てるのもなんなので、持って帰ってきました。
重いなあ。。。よくこれも運んだもんだわ、とあきれ、この重さに、自分の尻軽さを感じ入っています。
いっときは圧力かむかむ鍋に傾倒して、しばらくは、圧力をかけると滋養が破壊されるということにひっぱられたり。

ともあれ、父母がわたしが育つ支度をしてくれたほどにはできないけれど、
彼らの心身に耳をかかむけ、こちらからおしつけるのではなく、教えてもらうようにいられたら、と願います。
ちょっとした役割のとりかえっこ。なだらかにおだやかにばかりできないけれど、とりかえっこの時期がやってきたみたいです。
でもほんとうにほんとうは、父母が子であるわたしを最期まで育て続けるってことなんだなあ、と
ゆっくりゆっくり足元をみつめて歩く父の後ろ姿に教えてもらいました。

musi
  1. 2015/01/07(水) 22:46:21|
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