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老いぼれの独りごと

先日、母から、父がとっていた最後の新聞をやめた、という知らせがあった。
新聞なんて読まなくても、文字を書きもせず読みもせずともたくましく賢く生きているインドの人を知っているから、新聞をやめたことくらいたいしたことではない、人間としてべつに大した問題ではなく、むしろ新聞なんて読むよりもっと大切なことがあるんでないの、と思っていたつもりだったけど。。。

生まれてからひとつひとつできるようになったことが、できなくなっていく。
二歳児の爆発期の逆現象がおきて、二歳児は伸びゆくのに、老年の死から二年前は爆発的にしまわれていくのかも。
老い方のバリエーションはあまりにひろいから本を読んでもわからないのかもしれないけど、それでも何か手がかりをつかもうと、父の近くにいられないときは、わたしは本を読んだ(この夏は老いについての読書ばかり)。冒頭の識字についての思い、識字率がアップすると世界はしあわせになれるというアメリカの知識階級の運動などにはしらけていたくせに、わたしは情報集め、世界のとらえようを、ある時期に獲得した文字を読める技術で行う。
矛盾を感じつつ、やっぱり恩恵の面もあると思った、それは本を読んで救われることがあったから。
経験だけでは足りないことを、補ってくれるところがある。

というわけで、もし、周囲の老いへの理解が追いつかないと感じている人は、機会があったら、杉田玄白の「耄耋独語」(ぼうてつどくご=老いぼれの独りごと)を読んでみてもいいかもしれない。自分のためにも。

杉田翁、数え年で84歳のときの、正直な体調心模様が書かれてある。女であるわたしと母は男性である父の生理でわからないところがあったのだけど、ここに書いてあったことでずいぶん理解ができた。

「老いの不便は(上の)七つの穴についてだけでもこれほどあるが、下の二つの穴のわずらわしさとつらさとは、いちいち数えあげられないほどである」とあって、説明してくれています。

 中央公論 日本の名著22 に現代語訳があります。

musi
  1. 2015/09/09(水) 21:57:41|
  2. からだとこころ