草虫こよみ xusa musi coyomi

:::::::::::::::くさ むし そら うみ つち ひかり

だれもいなくても咲いてる梅の花

あたたかな雨のなか、雑草園からの帰り、
ゆきさんちの脇道。
もしかしたら、と期待しないで期待してのぞくけど、縁側のカーテンはしまってる。
奥の庭には梅が満開。
灰色の空気の中にまぶしく浮かんでる。

月曜だけど、今年からは寒いときは家族が心配するから老人ホーム暮らし。
息子さんがやってくる土日だけ、この家にいるから、わたしは前みたいに会えない。

この縁側で聞いた話に、遠い昔の風景を見せてもらった。
雨の日にはこの道がぬかるんで
椿の生け垣が3メートルもあって、
タボコを干して、今とはずいぶん違う風景。

今の風景もかわっていく。
ここにあるのは、
大地震のような激しい変化ではなく
人の手の入れようが穏やかに変わっていくさま、
この家の主たちが生涯働き続けてきたからこその、穏やかな衰退、
まったくもっておだやかで、問題なんてひとつもないのに、
私の目にはさびれて映る。

そんなことおかまいなく梅は咲くのに。

今年の春は去年とは違うけど、やっぱり春だと、
わたしの時間は感じ取る、
去年とはちがっているわたしだけど、やっぱりわたし。
変わる私と変わる春。かわらずにあるなにか。

いつか私も、どんな人も消え、この季節も、宇宙の時間とまでいわなくても、いつか消える
それでもありつづけるなにか。

春の雨はしょっぱくない涙。
なまぬるい水から生まれる命はつぎつぎと。

  1. 2016/03/07(月) 22:04:38|
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